山神祭の思い出

                                    菅原 正之

 何と言っても炭砿(ヤマ)の思い出中でも山神祭でしょうか。二日間に亘ってヤマは祭り一色に湧きかえります。当日の朝、威勢の良い花火の音に興奮を覚えました。赤飯のふかすゆげが狭い台所にただよい総べてのものが祭りに塗り変えられて行くように見えました。台所の隅の方に一升瓶が出番を待って居ります。子ども達も待ち切れず外に出てハシャイで居りますした。花火もそれに拍車をかける様に続けざまにドン!ドドン!と打ち揚げられてます。
 また全山桜に覆われ大山祇神社の大きな幟が桜と見事なコントラストを画き出して居ります。
 家の中では、父ちゃんが湯呑みちゃわんに酒をつぎ、小原庄助さんへと変身して行くことでしょう。

 山神祭には私にとっての大きな出番がありました。毎年 山神祭には各坑毎に催されていたプロの芸人によるショーが 会場は各坑の会館で盛大に行われており、可成有名な歌手や芸能人が来てヤマの人達を喜ばせてくれました。
 私の鹿島坑では、皆さんのよくご存知の森川信が座長で喜劇を演じ、爆笑の渦の中に私達を巻き込んでしまいました。
 このお芝居が私に大きな想い出を残してくれました。それは 舞台装置の一部とお芝居に使う小道具でした。
 『おッ母さん』という喜劇の中でおッ母さん役の森川信がトンカツを食べる場があり、そのトンカツを作ることになり、そうだ あたり前の大きさでは面白くない、特大 いや超特大のトンカツ、早速 制作に取りかかりました。
 先ず中味の豚肉は新聞紙を少し湿らせ、30cm×50cmの楕円形にし、次は衣。少し頭をひねり・・・そうだ近くに製材所があり そこにはオガクズがある。これを衣にすれば最高! リアルに表現することが出来る。メリケン粉で糊をつくり、新聞紙の豚肉にからめ その上にオガクズ、よしッ 後は乾燥待・・・乾いたら着色だ! お手のもののパン粉の色よく揚ったトンカツの色絵の具をとき 大ざっぱに塗りつけ、完成、開幕。森川信の登場で会場内は笑いがあちこちから上がり始めた。森川信と言えば 山田洋次監督のご存知「男はつらいよ」の初代寅さんのオッチャン役で寅さんに対し陰でバッカーなやつと顔をゆがめたシーンが思い出されるのです。
 その一座の座長である森川信は激しい歯の痛みに襲われていたのです。幕が開けば舞台に立ち観客に笑いを提供する。どんなに自分が苦しい立場にあっても役者として 特に喜劇役者(俳優)にしては、切ない宿命であるのかも知れませんね。
(森川信がトンカツを両手で持ちカブリ付く仕草に場内大爆笑にヨカッタ!ヤッタ! 満足感に浸ることが出来ました。)

 私も この様を舞台の隅で見ており、芸の厳しさ そして尊さを垣間みることが出来た事を自分の心に言い聞かせた事を 今でもはっきり覚えており、森川信さんも数年前遠い遠い国へと旅立って行かれました。炭鉱の思い出、限り無く果てし無く続くものであります。                                                                   

(略歴)
 昭和24年常磐炭
砿へ入社し運搬手を勤めたが、昭和46年4月29日の常磐炭砿閉山によって、炭砿生活21年10ヶ月にして、ヤマを去る。
 常磐炭砿在職中は金さんのペンネームで労組や会社の機関紙にマンガを掲載。
 現在 埼玉県川越市在住し、川越市観光協会のパンフレット、絵葉書などを執筆。